Ceramic moon Plastic stars

大体漫画とかアニメの感想を書いてます。こう、妄想が溢れそうになった時の受け皿としても活用。

「"Jin-Gi"ってやつ」

すでに公開から7年も経って感想を書くのも鮮度がなぁ…と思いつつ、流れに乗れないのはいつもの事なので気にしない!
(ついでにネタバレを気にすることもない!)


というわけで、今更「楽園追放-Expelled from Paradise-」を観たんですが…面白かったというより、悉くがツボに嵌まりまくる作品でした。
「こういうのが観たかった」じゃなくて、「(私は)こういうのが観たかったのか!」と気づかされるような感じ。
つくづく公開当時に観なかったのが悔やまれます(早速冒頭の開き直りを否定)。

 

3Dとは思えない自然な画面、必要最低限の説明で惹き込んでくる魅力的な世界観、落ち着きのないカメラワーク…そして何より異文化コミュニケーション。
肉体を捨て進化した新人類と、生命の檻に囚われ滅びゆく旧人類。彼らの間で交わされる会話、意思の疎通が嫌味が無く、面白さを備えて私に届くのが何とも楽しい。
そんな彼らがいずれでもない新たな知性・生命と出会った時、何を選ぶのか…というストーリーが、私の中で燻るSF魂が再び燃え上がらせたのです(まだ他のSFに延焼してないけど)。

世界のバーチャルスペース化、魂(意識)のデータ化、文明崩壊後の世界…これでもかとばかりに「未来のお話」ですが、描いていたものは「人間とは」「幸せとは」という古来からのテーマでした。

 

で。
そのテーマからすると、「楽園」は否定されてるのですよね。そりゃもうボッコボコに。

 

割とドヤ顔で、アンジェラは「楽園」サイコーと舐めプしてるわけですが、ディンゴは全く意に介さない。
彼女を恐れ敬うどころか、本来触れる事すら叶わないような機密兵器をあっさりくず鉄に変えてしまう。
(この時点でディンゴに対するアンジェラ個人の優位性は失われているわけで)
それでもくじけないアンジェラは、死も老いもない、あらゆる知覚が拡張されるディーヴァの生活こそが人類の新たなステージだと力説するわけですが…。

 

アンジェラとしてはアーハンもディーヴァのバックアップも失い、自分の信条・価値観以外に依って立つものが無くなってたんだろうなぁ、と(素でもあるだろうけど)。だから必死にディーヴァの(ひいてはディーヴァ市民である自分自身の)素晴らしさを認めさせようとするし、同時に地上の人々は滅びゆくしかない、と断言し、ディンゴを見下す。
彼女自身には(自覚してないとはいえ)必死になる事情があるものの、現時点では解決策を持たず無力な存在に過ぎない彼女のこの態度は、客観的に現実が見えていない傲慢な物言いと受け取られてもおかしくありません。
人によっては失望して見捨てたり、激昂して害をなす可能性すらあるかも。

 

しかしディンゴはそうしない。
もちろんアンジェラを見放しても得られるものがありませんから、平静を保って仕事に徹するのが大人の態度。
ですが何より、彼自身が彼女の信じているものを「嘘っぱち」だと理解しているから、彼女の言葉を「戯言」と聞き流せてしまうのでしょう。少なくとも、アンジェラが素晴らしいと言うものは、何一つディンゴの心を動かさない。
彼はアンジェラ…と言うより、ディーヴァとその市民を嘲っているように思われます。


本来、二つの異なる価値観・信条がぶつかる場合、それぞれの素晴らしい点・劣っている点を同じように比較すべきだと思うのですが…。
ディーヴァの並べ立てられた素晴らしい点は、全て「嘘っぱちだ」という一言で全否定できてしまいディベートが成立しない。
これは決定的な論理でアンジェラも反論が出来ません。その瞬間、ディーヴァが楽園ではないと認められました。爽快感を覚えるほどバッサリと。

 

とはいえ。
ディンゴの言葉は彼が「自由を愛する」人だからこそ出てくるものであって。
飼い慣らされた檻の中で安穏と生きる事を望む人には、確かにディーヴァは「楽園」なのでしょう。事実、ディーヴァの市民は誰一人として乗船を希望しなかった。
…アンジェラはそれを肯定できなかったわけですが。

 


個人的に、自由と束縛を考えるにあたり「この形の楽園」で致命的だなと思うのは、「他の誰かに自分の人生を自由にされる」危険性があるという点。
ディーヴァの高官達は独裁を行いました。
「それはまぁよしとしても」。
実質的に全てのメモリとアクセス権を権力者に握られてしまっているディーヴァでは、自分の正義を押し通す事も、反抗する事も、逃げる事すらできません(フロンティアセッターという独立した外部からの介入がなければ、アンジェラも逃げられはしなかったでしょう)。
「肉体の檻」という制限で自己を区分していれば、自分の意思で抗う事も逃げる事もできるチャンスがあるのに(適うとは言わないけど)。
生殺与奪の権を他人に握らせる」事の恐ろしさを感じてやみません。

 


さてここまで考えた時。
ディンゴという男にとって、アンジェラという少女はどういう存在だったのだろう、と思ったのです。
これまで18回も保安局のエージェントに協力し、(素行不良とはいえ)優秀と評価された男。
その彼から見て、19回目の相棒はどういうヤツだったのか…。

 

この辺考えると、序盤の彼の言動はちょっと腑に落ちない。
少なくともディーヴァのエージェントというか、ディーヴァ市民がどういう連中なのか、というのは知っていたはず。
そう考えるとアンジェラが休息をとろうとしない、食事も否定する。挙句自らの不調にすら気づかない…といった、「奇妙」な振る舞いに驚いたりする事もないと思うのですが…。

これらのディーヴァ市民の生態、価値観を知らなかったのだとすれば…何故なのか。


考えられる点としては…
・これまでの任務はディーヴァとオンラインで行われていた(オンラインでも問題なかった)。
・エージェントは常にベストコンディションを保つことができ、生活面・サバイバル面でディンゴの助けがいらなかった。
・保安局からのバックアップさえあれば現地の案内以外は全知全能なので、コミュニケーションも最低限だった。
といったところでしょうか。

 

今回、事が重大だったがために(フルオプションのアーハンまで持ち出す事態)、ディーヴァとのコンタクトを絶たざるを得ず、アンジェラはディンゴにより強く頼らざるを得なくなり、結果として今までなかった関係性が構築された…という感じ?

 

で。そうだったとして。
初めて意思の疎通をしたディーヴァ市民・アンジェラは果たしてディンゴから見て興味を惹く人間だったのでしょうか。
…高露出度レオタードの金髪美少女(ろりー)という時点で過剰に掴みはOKなのですが、恐らくディンゴの趣味ではないような気がします(…でなければ、あぁも冷静に立ち振る舞えるわけが以下略!)。
では何故彼女に付き合うのかと言えば…単純に依頼主・金づるだから、という事になるでしょうか。
冒頭から「気前のいい雇い主は大歓迎だぜ」と言っていますし。
それ以外にディンゴがアンジェラを気に入るところは特にない。
フロンティアセッター探しに有益なスキルを持っているわけでなし、趣味が合うわけでもない。むしろ居丈高で命令口調、意地っ張り…。およそ「素敵な旅の相棒」という感じではありません。

 

…実際、物語冒頭では仕事の付き合いでしかなかったと思うのですが。
恐らく、ディンゴ個人の嗜好として、知らないものを知りたいという好奇心が強いのでしょう。だから知性を持ったAIに興味津々。
同じように(気に入らないとはいえ)ディーヴァ市民との会話をする事にもポジティブに興味があった。
そして、意外な事に高慢で意固地ではあるけれど、アンジェラはディンゴの話を聞くし、彼の事を知りたいと接触してくる。図らずも相互コミュニケーションが叶った事はディンゴにとって好感の持てることだったのではないでしょうか。

何度も言葉を交わし、それでも結局お互いが別の世界の住人だと別れ――「世渡り下手」だったと分かった時。同じものを大切だと思った時、ディンゴにとってアンジェラは命を預けるに値する「相棒」になったのだろうな、と。

 

対してアンジェラ。
何せとにかく可愛い。
外見は当然のことながら、いわゆる新人類としてのエリート意識を持ちながら、序盤から早速ディンゴに振り回され残念モードに。
意地と根性で乗り切ろうとする当たり、電脳化したキャラとは思えず、むしろ人間臭く見えます。
コロコロ変わる表情がホントに可愛い。七味に驚いたり、戦闘シーンの迫力ある表情とか。

何より、ディーヴァの価値観ではなく、自分で見て、感じて、考えて得た「正しさ」を貫ける純粋さ。
…確かに不器用だなぁ、と思うんですけども(苦笑


で。
結局ディーヴァを見限る事になるアンジェラ。
つい、彼女はディンゴとの交流を経て「偽りの楽園」を捨てる選択をしたかのように思っていましたが、実際の所はやはり追放されたのであり能動的にディーヴァを出て行ったわけではありません。出るしかなかった、ついでに八つ当たり。地上で暮らすことに気が滅入ってましたし。
ポジティブに道を選ばずにこれから先の苦難を超えていけるのかな、と心配に…。


…なったりもしましたが、アンジェラは地上を選んでいましたね。
肉体を捨て、電脳化する最後の機会だった銀河の果てへの旅ではなく、茶色く荒れ果てた未知の世界を、確かに。


続編作りにくい作品だとは思うのですが、アンジェラとディンゴが地上を生きていく姿、凄く見てみたい。
きっと、いつも愚痴って後悔しているのでしょうけど、タフに生き延びていきそう。
ついでにレストアしたニューアーハンが大活躍してくれたり、フロンティアセッターとは別の知性体と遭遇したり…。


いやぁ、久々に妄想やら考察が止まらないいい作品に出会いました。
…あと、円盤が手に入ればなぁ…。