Ceramic moon Plastic stars

大体漫画とかアニメの感想を書いてます。こう、妄想が溢れそうになった時の受け皿としても活用。

ひたすら可哀想。

今更「JOKER」観てきました。
中毒性とか周回率が高いということなので、何となく。あと、色々私生活でストレス溜まりまくってるので(?)。

 

事前情報はなし…とはいえ、あらすじというか「どういう作品であるか」は言わずもがな。むしろ全く何も知らずに観る人の方が少ないんじゃないでしょうか。
つまりは「バットマン」(ダークナイト)のヴィラン(悪役)である「ジョーカー」の誕生秘話、前日譚ですから、たどり着く結末は分かっているわけです。
ちなみに、私はバットマンシリーズ全くの未見。それどころかDC作品すら、まったく(幼少期にスーパーマンを観たかもしれない)。
そんなわけなので、世界観というか細かいギミックや小ネタは気づかず(気づけず)に観たことをご了承ください。

 

感想としましては。

 

もう一度観たいかと問われれば、「うーん…」って感じ。

 

いや、決してつまらないわけじゃない。むしろ2時間がっつり引き込まれてました。面白い、とはとても言えないけど、名作だとは思う。好きか嫌いかで問われれば、好き。
でも、あのアーサーのどうしようもなく切ない笑顔をもう一度見たくはない、かなという回答をせざるを得ないんですよねぇ…。

 

 

以下ネタバレあり。

 

 

 

 

中毒性がある、と評されるのも何となくわかります。
これでもかとばかりに虐げられる主人公・アーサーがガツン、ガツン、と衝撃的に「やり返す」シーン、そして「ジョーカー」としての覚醒にはカタルシスがあります。
反撃・リベンジ、やられたらやり返す…いつまでも弱いままじゃない、ひっくり返してやる…そんな解放感。
実際、アーサーを傷つけたものは悉く命を落としてますし(あ、いや、あいつらが以下略)。
いわばこれは、いじめられっ子が何かしら特別な力を手に入れていじめっ子に反撃する構図、ヒーローものの定番と同じです。ただ、解放する方向性が真逆(倫理に悖るか否か)ってだけ。

 

それを否定するわけではないのですが、これがあくまでも「JOKER」だから受け入れられるんだろうなぁ、と。
全くバックボーンがない、「主人公が悪堕ちしますよ」と明言されていない作品であったなら、賛否両論沸き起こっていたでしょう。…いや、別にそれはそれで…うーん。

 

ホントにもう、見てるのが辛かった。ただでさえ陰鬱な風景の中、(精神的にも、物理的にも)殴られ、踏みつけられ、誰にも顧みられず、打ちひしがれていくアーサー。そんな彼がそれでも笑っているのがどうしようもなく辛かった。例え目に見える笑いが障害のせいだとしても、彼の心と行いは間違いなく(自分だけに限らず)笑顔を求めていたというのに。
願っても願ってもそれが叶わない、立ち上がっても殴りつけ叩きつけられる。その繰り返しがどれほど彼の心をへし折る事か。
誰も、何も、彼に優しくしてくれない。ただの一つも支えになるものがない…。
メタな観客視点としましては、彼が悪のカリスマになる事はもはやわかっていますので、「もういい。もう十分にアーサーは絶望した。だから早くジョーカーになってくれ…」と胃が痛くなる思いでした。

 

それでも容赦なく、「あの世界」は彼の存在、居場所、未来を打ち砕きにきたわけですが。

 

私は(本作の)「ジョーカー」を悪と言い切れません。
行為と思想を認めるわけにはいかないけれど、彼の痛みと苦しみと悲しみ、そしてそれが裏返った怒りをどうして間違っていると否定できるでしょうか。いったいどれだけの人が彼と同じ境遇にあった時、自分は引き金を引かないと言い切れるでしょうか。

また、ジョーカーは狂気の人ではありません。何故なら害するべき人、ものを選んでいるから。恐怖と殺意に溢れた場ですら、ただ一人優しかったゲイリーを見逃した彼には良心があったと思うのです(それこそが「普通に考えたらあり得ない」狂気かもしれませんが)。
彼の凶行は全て、どうしようもないやるせなさと怒りに突き動かされてるように見えました。


脚本・キャラクターから別の点をみますと。
とにかくホアキン・フェニックスの演技が秀逸。
人生にくたびれた中年男の表情、顔付きが、初見の時点で切ない。皺、ぼさぼさの髪、疲れ切った目。
それでも笑顔を作り、おどけて見せる振る舞いの悉くに不器用さが滲み出ていて痛々しいったら。
それでいて折々に見せる怪しい動きやダンスが精神の不安定さを覗かせ、不気味さを感じさせます。

 

個人的にはライブハウスのステージが最高にきつかった。
頑張っているのにどうしても上手くいかないもどかしさ。笑いながら苦しんでいる姿が本当にきつく、生き地獄、という単語が脳裏をよぎります。そして…。

(余談:ライブハウスのオーナーはネタを見もしないでステージに上げちゃうの? だったらマレーのツッコミは正しいわー)

 

もちろんロバート・デ・ニーロもうまかったと思いますが、とにかくアーサー=ホアキン・フェニックスが全部持っていきましたねぇ(主役だから)。

 

それからゴッサムシティの景色も説得力が高くて素晴らしい。「ジョーカー」が生まれ得る理由を訴えてくるようです。
至る所にゴミの山、落書き、崩れそうな壁…。10数年後にはバットモービルが走り回る街とはとても思えませんw
住人たちは皆息苦しそうで陰鬱、聞こえてくるのは嘲笑ばかり。…笑い声はブラウン管の向こうだけ。
だからこそ、アーサーはコメディアンを夢見たのかもしれない、な、なんて。


そんなこんなで「JOKER」。
どこかの誰かが「誰もがジョーカーになりうる」という評をされていましたが、なるほど確かにと頷いている私がいます(カリスマにはなれないだろうけど)。
「あぁ面白かった」「つまらなかった」だけでなく、何か自分の胸に手を当てて思うものがあるような、そんな感じ。

そしてふと思った事は、「私はジョーカーになりたくない、誰かをジョーカーにしたくないと思うのなら、たった一つの支えを得て、最初の一つの支えになれればいいのだよな」と。

べ、別にフットワーク軽いわけじゃないんだからね!

まるまるさんから「明日、この展示会に行くんですよ」と「マツオヒロミ展」の話題を振られ、「へー。どんなんですか」と返したのが11日の夜(日付変更間近)。
15日11:20に新見美術館に辿り着きました。

 

正直に申しまして、マツオヒロミ先生の事は全く存じておらず、話題に上って初めてお名前と代表作を目にしたわけなのですが…それから4日後には作品を目の前に。
いやぁ、場の雰囲気というか話の流れというのは恐ろしいものだなぁ…。ヒキコモリが列車と新幹線を乗り継ぎ、人様の予定まで巻き込んで(色々お世話になりました。感謝しかない…)、遠征しちゃうんだから。

 

この暴走の理由の一つには、日々のアレコレからの逃避があるのですが、それよりマツオヒロミ先生の絵がツボったのが大きい。さらに展示会が16日までという事もあり、「今しかない!」が背中を押しましたね。


このご時世、作品を見る事はそんなに難しくない。画像検索でもすればものの数秒で事は済んだりする―のですが。私は実物を見る、一つのテーマで構成された作品群に触れる事が強烈に響くって知ってしまっているので。

 

さて、美術館に入り周囲を見回すと、横になってる女性の絵がドーンと。

 

f:id:yoshimitaka:20190919025759j:plain

エントランス

構図、衣装、そして表情。はっきり言ってエ…もとい、色っぽい絵がタペストリーとしてこの大きさ・迫力で見れるというのは、抗いがたい威力です。高まる期待。

展示作品は全て撮影可能という形式だったので、そりゃあ撮影しまくります。大判のポスター大で見れる色使い、線…これが手元に残る!!
……のですが、数枚スマホで撮影すると「いかに上手くカメラに収めるか」「照り返しが無いよう撮影するか」に腐心するのが面倒、というか時間の無駄に思えてきて(苦笑 人間、楽しい事、熱中してる事をやってる時に他の作業はしたくないものです。
今思えば、じっくり全ての作品を鑑賞し、その後戻りながら撮影をすればよかったのかなぁ、と…いやでもそういう作業感はあんまりなぁ…(ぶつぶつ)。


それはともかく。

どの作品、どの女性も、「綺麗」と「可愛い」が絶妙に両立していて実に見ごたえがありました。
和服・洋装、いずれも美しく、ファッションに無縁な人間から見ても魅力的。もちろん、分かる人にはそのデザイン・コーディネートの妙・凄さが凄くツボらしいです。

f:id:yoshimitaka:20190919030028j:plain

背景も美しい

背景も構図・配色が素晴らしく、人物に見とれながらも不意にハッとさせられる空間に気づいたり。架空の百貨店の催し、商品展示をテーマにした連作は物語や行き交う人々の息遣いを感じられるようです。

そして何より表情が良いというか、指先の曲線が艶めかしい。彼女たちが触れているもの、触れようとしているものが悉く意味深です。線がいいんですよねぇ…。
そう、鮮やかな水彩風の色彩に満ちたフルカラーイラストが良いのは当然として、そのラフ(スケッチ)も展示されているのですが、これがまた良いのです。
立ち姿の線、着物の皺の寄り方、表情…モノクロですら魅力的。

f:id:yoshimitaka:20190919025947j:plain

線の時点で魅入る

…そんな感じで鑑賞していると…恐ろしい事に、「良さ」「すばらしさ」に慣れてきてました。多分。自覚はありませんでしたが。
しかし、不意に、「珍しいですよね。人物が全部構図内に入ってないんですよ」と。一緒に見ていたまるまるさんが言いました。

f:id:yoshimitaka:20190919030059j:plain

目が離せない

あぁ、なるほど! 確かに幾つか人物の頭頂部が画面の外に出ている作品があるのです。人物の全身を画面内に収める、というのが基本だと思っているのですが…それをあえて外している。何となく不安感を誘ったり、謎めいて見えてるんだなぁ…。

そこで改めて新たな刺激を受け、違う視点で作品を見れるようになったのでした。うーん、美術展って誰かと来るとこんな発見というか気づきがあるんだなぁ…なるほどなるほど(コミュ障ならではの気づき)。

 

一番のお気に入りは…非常に難しいですが、「片手袋の娘」。

f:id:yoshimitaka:20190919030125j:plain

何とも言えない…


表情と衣装の色っぽさがツボに刺さる刺さる。エロス、とは言い切れないけど目が離せない絶妙な「思わせぶり」があります。

 

というわけで。すべての作品を観終わった後、当然のようにイラスト集と同人誌を購入させていただきました。あぁ、手元でまた観れる嬉しさよ…。

 

いやもう、ほんと充実した1時間半でした。感嘆するやら驚くやら。思い切って来てみて良かったなぁ。話題を振ってくれたまるまるさんには感謝あるのみです。そして振り回してすいません(重ね重ね)。
ていうか、何で知らんかったかなぁ…マツオヒロミ先生。

仄かに、こんな絵が描けたらなぁ、と思いつつ、新たな作品や展示を楽しみにしております。

「第3回 ごうつホビー祭り」の感想文

(前略)そして何よりもぉぉぉぉぉ!!

時間が足りない(色んな意味で)。

---------------

というわけで、去年に引き続き、8月24・25日 島根県江津市で開催されたごうつホビー祭りに参加してきました。

どのようなお祭りかと言えば、ざっくり言うとホビー(趣味)の実物に触れる事が出来る総合イベントです。
各種プラモデル作品の展示、エアガンの試射、ラジコン・ロボットの操縦(操作)、ボードゲーム試遊、オーケストラ、ライブ…色んな「実物」に触れる事が出来ます(詳しくは公式サイトさんをご参照下さい)。
去年もそうでしたが、今まで触れたことがない事に触れて、観た事がないものを観る機会って凄く貴重。そして、物凄く楽しい。足を運んでみる価値が大ありなのです。

 

で。

 

実際楽しい。

 

展示されてるプラモ作品、どれも面白いというか凄いというか。
「こう作るか!」とか、「うはぁ…こんな作り方出来るんだ…」みたいな。
上手いというのは当然として、表現、見せ方、「自分が良いと思うもの」を形にしてるとこが凄い。こんな風に作れたらいいなぁ。作りたいなぁ。

(何かモニョモニョした感情)

しかし申し訳ありません。何と、その凄い作品群をろくに撮影していなかったという…。
えーとその、スマホの充電切れかけててですね(残響さんにバッテリー借りたり。その節はご迷惑を…)。
素晴らしい作品の画像はこちらでお願いします(他力本願)↓

第3回ごうつホビー祭り 模型展示会&模型教室 イベントレポート  ~新たに確かに拡がった~

#ごうつホビー祭り


今回、ついにKATOさんのジオラマ制作体験に参加出来まして(人気イベントのため他参加者が多く、前回は体験できず)。
ジオラマ素材メーカーさん直々のご指導で、かつ公式素材を使ってジオラマを作れたんですよ!
普段、ガンプラやFA:Gを単独素組してる身なのでジオラマや情景には触れてないのですが、これ、ホントに楽しい。
小さな世界・風景を自分の手で作れるという事。そのために色んな技術があって、考え込まれた素材があるって知る、そしてそれを実際に体験できるっていう驚き。いやもう、7×9cm四方の箱庭を作る事がこんなにも面白い! ワクワクします!

この際、小学生くらいの男の子が一緒に参加されてたのですけど、お互いの作品や進行具合をアレコレ言いながら一緒に作るというのがまた楽しくて(彼が良く出来た子で、ちゃんと相手(の作品)を褒めるw)。

普段、ひたすら一人で制作やってるぼっちにはたまらなく新鮮な体験でした。…彼の作品の写真を撮り忘れたのが非常に悔やまれますが(自分にはない作風、出来栄えでしたので)。


更に瀬川たかし先生のジオラマ教室にも参加させていただきまして。
こちらは初日には錆びた空き缶を作り、翌日には更に本格的に4時間という時間をかけて、朽ちた遺跡の情景を作成しました。

いやもうこれがね…楽しいの一言に尽きる。

 

説明されればそんなに難しくない技術を繰り返す地味な作業、と言う事も出来るのですが、その作業が悉く楽しい。
知らなかった事を知る、実際にやってみるという事。何より、そうして何の変哲もなかった素材(スタイロフォーム)が、徐々にボロボロの石積みと石畳、植物の生命力に侵食された人の営みへと変わっていくのが楽しくて仕方ないのです。
ものを作る、表現する事の面白さ、楽しさが改めて分かるというか。
お隣の方の作品の凄さというか個性、完成度が素晴らしかったりして、驚くやら何やら。
同じものを作ってるはずなのに、こんなにも違うのか…と。正直なところ、軽く嫉妬を覚えたりもしました。思い切りとか表現の瑞々しさであるとか…おっといかんいかん。

 

また、瀬川先生が順序立てて理路整然と教えていただけた事、作業とは関係ない趣味や業界の事を交えてトークを繰り広げられ、常に和気藹々としつつも集中が途切れない時間を作られていた事も楽しさの要因だと思います。
……思い返せば、ホントに4時間+αしゃべりっぱなしだったなぁ、先生。話題の尽きなさも驚きだけど、喉とか大丈夫だったのでしょうか(今更)。

ものを教わる事、新しい知識・技術を吸収する事の楽しさ、素晴らしさを改めて知った気がします(年齢を重ねちゃうと、なかなかですね…(苦笑))


物販コーナーではついつい購入したくなる商品が多く…なかなかに散財しました。だが後悔はないw
というか、工具・機器メーカーさんの実機展示はホントにとんでもない説得力。使ってみればわかるこの効果。
エコーテックさんの超音波カッターの切れ味、「うっわ、すっごい切れる!!」と思わず漏れるレベルでしたよ。プラ板がバターのようだ。
いやもう、プラモを切り刻む類(言い方)のユーザー垂涎の品。何でも作れる、って錯覚が容易く起きます(現実は以下略)。
後はお値段が…うーんうーん。
そりゃ、くじも引くってもんですよ(超音波カッターが当たる!)

互換屋さんの塗装ブースもすごかった…。物凄い吸う。しかも小型化凄い(語彙)。時代は小型化ですよ。…実際に使い方、使う環境も含めてプレゼンされるとこれはもう刺さる刺さる。限られたスペースで制作やってる身としてはこれまた垂涎。
でもまだ販売前という事らしく…待ち遠しいですね。なるべく早くお願いします(願望)。

 

また、プラモデルや創作以外の点では。

各国でデザインされたボードゲーム・カードゲームを実際に遊んでみました。
…いや、何と言いますか、「どういう発想したらこんなシステム・遊び方を思いつくんだ?」って感じますよ。カードや駒、盤面、手段を問わずに遊ぶ事、楽しむを追及してる。プレイしてみると、これまで自分の中に無かった面白さや発想がいくつも湧いてくるのです。
今更ながら、自分が知ってた「ゲーム」って全然狭い世界だったんだなぁ、としみじみ(それはそれで面白いんだけども)。
特に「Quarto!」がシンプルなのに奥が深いというか…えーと考える事が多過ぎて面白いというかw
時間があったらもっとやってみたかったですねぇ。…長時間やると脳使いまくって憔悴しそうな気もしますが。

 

エアガン射的(試射)も楽しかった!
何気にエアガンって男の子の憧れだけど(女性も好きだと思うけど、話題的に)手に取る事ってあまりなくて、更に何も考えずに撃ちまくれるってホント貴重な体験だと思うんですよね。
あと、照準ついてるし止まってる的に当てるのって楽勝ー…って思うじゃないですか(私だけか?)。実際には当たりませんw 50発撃って当たったのは12発。そんなもんですよ、うん。ク〇エイム。
ライフルの類も撃ちたかったなー。


それからちょっと違う方向ですが、オーケストラの生演奏も行われておりました。
石見シンフォニックオーケストラさん+地元学生さんによる、屋外ホールでのアニメの曲を中心の生演奏。
これがねぇ…いきなり良かったんですよね。
そもそも音楽に造詣がなくオーケストラなんて縁遠い人間なもので、良い悪いの基準がないのですが、それでも生の音がワーッと押し寄せてくる感じ、聴いたことのある曲がアレンジされて管楽器・打楽器の重なりで斬新に聴こえてくる楽しさ。
そして何より、どんな風に演奏しているのか、が目の前で分かるという事が興味深くて(演奏中に楽器変えたりするんだなー、とか)。
指揮の先生のオーディエンスに訴えてくる盛り上げ上手なMC(でいいのかな?)も、時々挟まれる団員の皆さんのトークも面白く、そして楽しんでるんだなぁって分かるのも良かったですね。
もっと聴いてたかったなぁ。


…………

そう。そうなんです。
楽しい、面白いがいっぱいのイベントではあったんですが、どうにも悔やまれるのが「もっと体験したかった」という点。
まだまだイベントや体験コーナーはあって、それに触れられてないんですよね。けん玉実演や将棋、ぷよぷよ…料理教室もちょっと気になってた。
時間的にジオラマ教室と被ってて、石見神楽が見れなかったのも残念。


「この場所に来れば色んな『もの』に触れられる」事がごうつホビー祭りのセールスポイントだと思うのですが、同時に何もかもは触れられない。
効率よくこなすという考えもあるかとは思いますが、じっくり楽しみたいとも思うわけで…非常に悩ましい。
いっそ3日間開催になれば…?(休みとれるのか?)


とても些細で、とても贅沢な望みですが。
私個人は全てのイベントを体験したいし、祭りに参加した全ての人がが楽しめれば、ハッピーになれればいいな、と思うのです。

個人的な反省としてはー……もっと人と関わっていかないといかんのだなぁ、と。
誰かと一緒に何かを作る事が楽しい、と分かったのだから、同じくする人達と積極的に話をしてればもっと楽しかった。
…コミュ障には高すぎるハードルですが、次は、次こそは…?


まだ、書けていないイベントが多々ありますが、一先ずこの辺で。
一参加者、ファントして、ごうつホビー祭りの更なる発展を願うばかりです。

 

戒め:展示作品のパーツは忘れるな!!(余りの絶望感に放心)f:id:yoshimitaka:20190910004842j:plain

そりゃねぇ…悔しいけどねぇ…。

ここからはネタバレありで「天気の子」を語ります。
未見の人は絶対にスクロールしない事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


悔しいけど、Kanonの栞ルートで声を上げて泣いた輩がツボらないわけがないんだ。

いやもう、事前にtwitterのTLから何となく話の流れは察しがついてたんですよ。
ヒロインが死んじゃうようなことになって、それを主人公が助けるとかそういう。奇跡が起きるとかどうとか。もう鉄板じゃないですか。

 

で。
そういう展開を劇場版でやられてどうなのかなぁとか思ってたわけです。これまたどこかで見かけましたが、Keyっぽいとか、エロゲのシナリオっぽいとか。そういうのって一般受けする? 逆に一般受けするようなものにしちゃったら、それは何か違わない?
そんな感じの捕らぬ狸の皮算用的不安。

 

ところが蓋を開けてみたら、もう冒頭から全力で今現在の価値観とか社会に噛みついてる。
主人公・帆高は家出少年で、労基法違反。ネカフェで寝泊まりし、水商売で働こうとする。挙句の果てには拳銃不法所持・使用ときた。
ヒロイン・陽菜も年齢詐称に保護者不在、危うく性的搾取手前。
細かいとこでは須賀さんは禁煙に失敗し煙草を吹かすとか。
もう、色んな団体やら良識派の皆さんから非難囂々じゃないでしょうかね。

 

でも、それが彼らなりの必死さなわけで。
大人の理屈だとか、社会のルールだとか、そういう事が帆高達を締め付けているから、そこから逃げ出して、自分の力で生きていきたかった。何のために自分が生きているのか知りたかった。

なりふり構わず大人を突き飛ばし、束縛をすり抜け、望みをかなえようとする姿は、まさに少年時代の冒険であり、ジュヴナイルが持ちうる熱さじゃないでしょうか。

だから、帆高が「一緒に逃げよう!」って言いだした時は、「えっ、マジか?! 考え甘くね?」って内心常識的なツッコミを入れたものの、3人が片寄せ合いながらラブホテルに逃げ込み、一時の安堵を得る感じに胸を熱くしたのです。

なんていうのかなぁ…古くて恐縮ですが、「ぼくらの七日間戦争」で少年達が廃工場で自分達だけで生きていこうとしたシーンがフラッシュバックしたんですよ。
子供は子供なりに真剣なんだ、っていう当たり前だけど忘れられる事。

 

それに対してふっつーに嫌味だなぁと感じる高井刑事。アレはもうほんとに帆高の邪魔をする存在なのですが、客観的に見て「普通の大人」の対応してるだけなんですよね。悪態つくとこ含めて。それと対立する時点で、帆高が今ある世界と対立してる、パンフの監督インタビューから取るなら、帆高が狂っているわけなのですが。
しかし、世界が、社会が正しいなんて子供には分からない。だから、子供にはそれに反発する必要がある。そこで本当に何が正しいのか、何を信じるべきなのかを悟らなきゃいけない。
…そういった対立を描いて、結果的に「世界を信じる」作品が多いのですが…。

 

須賀さんは「世界なんてすでに狂っている」と言いました。
つまり、それが彼の立ち位置。
狂っていく帆高の姿に涙し、止めようとし…でも、帆高の背を押した、「大人でありながら、世界に馴染めない」人。

須賀さんは最終的に世界の真実を知っています(少なくとも、陽菜が人柱にならなかったから雨が止まないという意識はあるはず)。
彼が、素っ気なくも「お前たちのせいじゃない」と言ってくれるのは、何かしら帆高達の救いになっているんではないでしょうか。

 

そう、最後の結末は決して開き直りなんかじゃない。
帆高は3年間(誰にも信じてもらえないのもあって)世界を変えてしまった事を思い悩んできた。だからこそ、冨美に謝る。許してもらえないと分かっていても。
陽菜も降りやまない雨の中、祈りを捧げるのでしょう。
大きな後悔を背負っていても、それでも笑って大丈夫と言える。それこそが「一人の人間として」の強さじゃないでしょうか(世界は大迷惑だろうけど)。

 

個人的には、須賀さんのすれた、それでいて少年の立場を捨てきれない感じが凄くツボ。
単純な子供の味方じゃなく、大人としての立場や求めるものがあって、それでもくすぶるものがあって酔い潰れてしまう姿にたまらなく好感持てます。

夏美の分かりやすいキャラ、アグレッシブさも素敵。
アクションとしての面白さ、楽しさを提供したのも大きいと思います。

陽菜については…単純に可愛いというのもありますが、やはりラブホの夜の落ち込んだ感じ(そしてエロス)がいい。
そして何より、指をすり抜けていく指輪に号泣するところがホントに切なくて、これは涙がにじみました。

帆高は実にエロゲの主人公というかw
まず、泣き方が素晴らしい。絵としての説得力もさることながら、嗚咽の声が真に迫るものがあります。
そして何より…男の子が女の子のために全力で走る、っていうのがホントにホントに大好きで。
周りの目を気にせず、最短距離をひたすら走り、そして手段も選ばず駆け抜けていく…理想的な主人公。

全体を通して、少年少女が「既存の常識」に一生懸命歯向かう構図に、あぁ…素晴らしいなと思えました。
こういうのが見たかったんだな、私。


あと何気に、最後の二人に身長差があったのが美味しい。
是非、帆高と陽菜は秘密の共有者として幸せにやってってほしいです。
……あのシーンで陽菜が「……もう彼氏いるから」とか言い出さなくてホントよかった、と思いながら見てましたがw

 

いやほんと、ひっさびさに素晴らしい映画を観ました。最高。

…ていうか、ふっつーに可愛い娘と逃避行、とかロマンだよね。

映画館冷房効きすぎなのよ

ヒキコモリそうになる心をグッと堪え、観てきました「天気の子」。
以下、感想というか今の心情を殴り書きします。

 

結論としては、私のツボを突き破る作品でした。ぶっちゃけ大好き。

 

まず、「なるほど、賛否両論あるだろうな」と察しはつきます。

言ってみればこれは、様々な点で「自称『良識派』の大人が青少年には見せたくない」物語です。正直、「いい歳した大人」である私は端々の演出・物語の展開に「うわぁ、これ『大丈夫』なの?」と思ったものでした。
つまり、最近のフィクションが内在している「社会から投げつけられる批判への忖度」が感じられず、妙な危機感を抱いたのです。

 

しかしながら、最後の最後まで観てしまうと「そうか。それでよかったんだ」と演出の意図が腑に落ち、納得し。
…それから、この物語にワクワクした自分は、きっと「あの頃の気持ち」を忘れてはいないんだ、と少しだけ嬉しくなったのです。

 

確かに、無くてもいい展開、演出があったようにも思えます。逆に、説明不足な点も。
でも、それはそれ。
恐らく監督が描きたかったであろう、ボーイミーツガール、そして、少年・少女の冒険、世界と向き合う姿は十二分に描かれていたのですから、それでいいじゃないかと。そして、私は涙しました。い、いや、ちょっと涙ぐんだ程度だけどね?
そんなわけで、この作品に対して非難したい人は、「そういう作品」なのですから、黙ってテレビドラマやアニメを見る方が建設的だと思います。


さて、ここまでは(客観的に見た)マイナス点。
ここからは個人的にツボった点を。

 

まず映像が美しくて、音楽が印象的。
基本的に雨が降ってる情景ばかりですが、降り方の表現、見せ方も手を変え品を変え、興味深く、また記憶に残ります。
アスファルトで跳ねる水滴やドバッと落ちてくる水塊、そして幻想的なアレ(伏せます)。
その雨や水が人の動きに追随してくるのが美しくて面白い。心情表現にもなっているのでしょうけれど、ギミックとして使われているのがなかなかユニーク。

 

で。
とにかくキャラが良いですよね。
周りの大人達がそれぞれに個性的で一味違った魅力を持っているというか。
夏美のサバサバしたアグレッシブさ、そしてお色気がいいw
刑事二人組の「大人」としての説得力と共感できない感じ。
そして何より、須賀さんの…………ツンデレっぷりというかw 諦め上手な大人であろうとして…さて、というところがたまらなくツボです。

 

もちろん、主役の二人もすごくお気に入りで。
もう、色んな意味で「子供」。考えが甘くて周りの迷惑考えてなくて…それでも一生懸命で。自分自身の立ち位置を探していて。
帆高と陽菜、それから凪が一緒に過ごしている風景は甘酸っぱく、それでいて切なく思えたものでした。
何気に二人の声を演じた俳優さん達もイメージにしっくりくる、非常にいい演技をされていたと思います。

 

作品全体として。
物語の展開は割と「馴染みのある」ものなので、事前に予想が出来てしまう人もいるかと思います。ですが…やはり結末(というより、ただ1点の事)だけは予想の範疇を超えます。最後の最後に、驚きではなく、今までに無かった非常に大きな何かがあると思うので。


個人的には「君の名は。」より圧倒的に好き。なんだろう、大きな骨子は変わらない気がするんだけど。
なんとなく…瀧と三葉よりも、一緒に幸せになろう、っていう感じが強いからかなぁ…うん。

円盤出たら買います。

いい歳した大人が泣かされる

姪っ子達に付き添って(もらって)映画ドラえもんのび太の月面探査記」を観てきました。

 

ここ数年、映画(大長編)ドラえもんの出来が非常に良い。
上から目線で恐縮なのですが、30作以上ある映画ドラえもんの中には正直なところ微妙だと思う作品もいくつかあります。
それが惜しいというのではなく、これだけの数の作品を同じ世界観で作っているわけですから、全てが名作なんていうのが無理な話。映画館を出ながら「うーん…」と首を捻るのもしょうがない事だと思っているのです。

しかしながら、ここんとこそれがない。毎回、「凄かった」「面白かった」と感慨に震え、時には涙をこらえたり(泣いたり)しているのです。
…と言いつつ、オリジナルへの思い入れが強過ぎて、新・日本誕生は観ていないのですが(苦笑)
少なくとも、「南極カチコチ大冒険」、「宝島」は手放しで絶賛できますし、今回の「月面探査記」も素晴らしかった。いやもう、ほんとに大人から子供まで楽しめる作品に仕上がっていたと思います。
(個人的には「宝島」の方が好きですが)

 

で、いくらか細かく感想を書いてみるのですが…。
…まず、「映画ドラえもん」を観るにあたって私が面白いと判断する最低条件があります。
それは脚本が面白いとか作画が良いとかではなく、「レギュラーメンバーの5人全員が活躍している事」。

毎回毎回魅力的なゲストキャラが登場するのは当然ですが、しかし「映画ドラえもん」は「あの5人が冒険をする」事に意義があるのです。なのにのび太ドラえもん以外には特にスポットライトが当たる事もなく、その個性を生かした見せ場もない…なんて話では本末転倒甚だしい。
しずかちゃんは優しく癒しキャラでお風呂に入らなければならないし、スネ夫は小心者だけど勇気を見せるし、そしてジャイアンは劇場版のジャイアンでなければならないのです。

 

そういう意味で、今回の3人は完璧に見せ場を作ってくれました。
特にジャイアンの激高は素晴らしかった。声優さんの演技・演出も素晴らしかったですが、そこに至るまでの段階の踏み方が実に素晴らしい。…まだ11歳の少年が「友達を救えない悔しさ」に吠える、ってのは物凄い事だと思うんですが、それが出来るのがジャイアンであるし、「ドラえもん」という世界なんだなぁと。

 

また、上手いと思ったのはスネ夫の心理描写。
本人や他の誰かに語らせて説明するのではなく、表情と演出で彼の気持ちを描き、そこから行動に繋げているのでとても自然。テンポを乱さずサクサク話が進みます。…というか、「そういうの」ってアレコレ言葉で触れるのは無粋やん?

 

もちろん、のび太も大活躍。いやむしろ、この子の特異点っぷりってどういう事なんだろう。いろんな事件が彼のところで収束する感じが凄い。
そういうメタ的視点はさておいても、のび太の言葉がルカ達に染み込んでいく感じに嫌味がないんですよねぇ。「のび太のくせに」かなり重要なポイントを突く発言や行動があるんですが、「あぁ、そうだよなぁ」って納得させられます。
長年培った「そういうキャラ」という前提故なのか…どちらかと言うと声優さんの演技力のような気がします。

 

今回の脚本もドラえもん(というかひみつ道具)は万能ではなく、ギミックとして実に上手く活用されてた印象。…重大なキーアイテムである「異説クラブメンバーバッジ」の概念が難解ではありますが(苦笑
劇場を出る時、すれ違ったお父さんが「異説と定説っていうのは…」と息子さんに説明してたのが大変だなぁと思いつつ、微笑ましくも思えたものでした。

 

…というか、正直今回はゲストキャラのルカが強過ぎた。
謎のスパッツ美少年だけで強烈なのにのび太との交流、やり取りが実に……尊い。中盤のあのシーンはまんまと泣かされましたねぇ…。
…いやもうアレですけど…最後のアレは、ホント……腐る(爆笑)
特定のおねーさんとかはたまらないんじゃないでしょうか、アレ。

ルカだけじゃなく、姉のルナ、キーパーソンのアルといい今回のゲストキャラは誰もキャラが立っててほんとに素晴らしかったですね。
特にルナさんはサービスシーンもあって(黙れ腐


そんなわけで1時間50分、ずっと楽しい映画でした。
姪っ子達もずっと食い入るように観てましたから、どういう観方をしてもきっと面白いんだと思います。
ほんとオススメなのでぜひ皆様も。


余談。
同席してた妹が鑑賞後、「のび太の部屋の間取りってあんなんだったっけ?」「学校ってあんなに広かった?」とか言いまして。
…非常によくわかる疑問ではあるのだが、その観方は映画鑑賞の魔道だからおすすめしないな、ぼかぁ(すでに堕ちてる身

「新宿Private Eyes」のネタバレするよ!

今作において一番残念な点は、「海坊主がトラップを使わない」ってとこなんですよね。重火器使い、パワーファイターって感じで終わっちゃったのが惜しい(いや、十分カッコイイんだけども)。
対ドローン戦においてはドヤ顔芸を駆使し過ぎて笑いを取る方向にフルスイングしてるな、という印象。
むしろアレだけドヤ→ピンチを繰り返して引っ張ってきてるわけだから、ピンチを装いながら見事に罠に誘い込んで、
「ふん! 所詮ゼンマイ仕掛けにトラップは見抜けねぇか。海小坊主の方がよほど働くぜ(?)」
とか何とか言わせられたんじゃないかなぁ。

 

香がふんだんにトラップ仕掛けてたから尚更残念。…いや、改めて見たらどういう仕掛け方したらあんな物騒な…と苦笑いしたけどw

 

あと、飲み屋のゲンさん、亜衣を任されてんだからあんな簡単に外に出しちゃアカンやろと。…定形美だとわかってはいるけど一応w

 

あ。そうそう。てっきり眼鏡が(バトル的な)ラスボスかと期待してたのもありますねぇ。…ガンタコなんやってん。素人ではないという伏線どまりだったのかなぁ。もったいない。


思い返してみるけど不満点はそのくらいかなぁ。…都バス防弾性高過ぎやろとかおとーさん娘と別居してたのにどうやって網膜パターン登録したんとか…(うるさい)。


と。
どれだけ細かいとこツッコんで見たところで、「エンジェルボイス」が流れてきてしまうと「おぉっ?!」ってなってしまうし。
ちょっとパワーダウンしたかなぁと思ってた獠達の声もあっという間に慣れたし。

 

とりあえずモスト萌えというか尊いのは、やっぱり香のドレス姿とそこに至るやり取りですよねぇ。
まず、普段ボーイッシュでともすればガサツとすら見える香が、「客観的には」(<ここ大事)モデルを凌ぐ美人であると描写。
騒ぎ経つ周囲。ただ一人平然と眺めている獠。…御園との比較が実にいいですよね。
「いつもと変わらないだろ」の尊さ! そしてすれ違う(風)二人! そう! これですよこれこれ! この二人の距離感、素晴らしいとしか言いようがない!
もうわかってるけど分からないふり。言葉にしなくても分かる…というより、言葉にしない今の関係が大事過ぎて変われない、って感じがもう。
そりゃ、周りから見てたら「結婚しろよお前ら!」って気分になるよねぇ…。毎回ゲストにそう思わせるとこまで含めて、シティーハンターの定形美w

 

それから海坊主関連、兎に角面白い。
海小坊主絡みの涙もろさは定番の流れなんだけど、オーナーに対するへりくだり方が最高!
強面と紳士的な内面や、美紀とのこっぱずかしいやり取りといったギャップ萌えはお約束ですが、それでも海坊主という男はプライド高く男らしいヤツだと思って見ていたわけですよ。…それがこのザマよw
躊躇なくスムーズな土下座っぷりに感動すらしました。「…ツッコミ早くないッスか」のメタ台詞もあって、もう…w
正直、笑いという点では一番面白かったですね。
ゲストキャラであるキャッツの3人を世界観を壊すことなく、かつ最大限に生かした展開は脱帽ものです。

 

兎に角獠が強くてカッコイイ戦闘シーンは見どころばかりですが…何気にパイソンを温存してるのが憎い。
恐らく、作中の設定ではなく演出として使ってないのだと思いますが、四方八方から押し寄せるドローン、弱点のローターを防御されいよいよ追い詰められた…と思ったところで抜く伝家の宝刀! 確かに威力はあってもそれだけで形勢逆転は無理…と演出した上で、神がかった技術で次々にドローンを撃破していく姿は燃える! 燃えるしかありません!!
ショットガンはショットガンでパワフルさを感じてよかったですが、やはりパイソンなんだよねぇ、うむ。

 

そしてED。
「Still Love Her」が流れた時は「おおおおおお…!」ってボルテージ上がったよね。
しかも今の絵であの二人の日常を描くという、オリジナルを踏襲した演出…素晴らしい、素晴らし過ぎる…!

 

どうにもこうにも大好きさが先行してしまって客観性がない楽しみ方になってしまっているのですが…ホントに「シティーハンターらしいシティーハンター」でしたよ。
これ、ふつーにテレビシリーズでまたやれるんじゃ? って贔屓目抜きでも思いますし。

 

…あ。いや…テレビはやっぱり無理かな。今のご時世、もっこりが…(苦笑